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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)514号 判決 1985年4月26日

原告 株式会社 中錠商店

右代表者代表取締役 中村晥志

右訴訟代理人弁護士 廣井武昭

被告 ロッテ物産株式会社

右代表者代表取締役 重光武雄

右訴訟代理人弁護士 古沢昭二

同 腰原誠

同 原慎一

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、八六一万八五〇〇円及びこれに対する昭和五六年一二月一日から支払ずみまで年六分(予備的請求においては年五分)の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  主位的請求関係

1  請求原因

(一) 原告は、衣料品等の販売を業とする会社であり、被告は、繊維製品等の販売等を業とする会社である。

(二) 訴外猪井吉平(以下「猪井」という。)は、原告を代理して、昭和五六年一〇月一三日から同月一七日までの間に、被告を代表した訴外濱田敏嗣(以下「濱田」という。)との間で、別表記載の各商品(以下「本件商品」という。)を代金額は同表代金の欄記載の金額、代金支払期日は同年一一月末日(ただし一二〇日後を満期とする手形により支払う。)とする約で売り渡す旨の契約を締結し(以下本件商品の売買契約を「本件取引」ということがある。)、猪井は、本件商品の納品については、訴外株式会社ジャルジョイ東京(以下「ジャルジョイ東京」という。)の代表取締役である訴外中島邦良(以下「中島」という。)の指示に従われたいとの濱田の指示により、別表納入日欄記載の日に右中島の指示する訴外株式会社中津商店(以下「中津商店」という。)へ納入し、引き渡した。

(三) 原告は、本件取引に先だって猪井に対し本件商品の売買契約について代理権を与えた。

(四) 濱田は、被告会社の物資部繊維課洋装担当係長として本件商品の売買契約について被告会社を代理する権限を有していた。

よって原告は被告に対し、売買契約に基づき、本件商品の売買代金八六一万八五〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五六年一二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)及び(三)の事実は不知。

(三) 同(四)の事実中濱田が被告会社の物資部繊維課洋装担当の係長であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

二  予備的請求関係

1  請求原因

(一) 被告会社の物資部繊維課係長であった濱田は、ジャルジョイ東京の倒産を防止し、ひいては被告会社の同社に対する債権の回収をはかるために、同社の中島らと共謀のうえ、真実は被告会社が本件商品を買い受け、その代金を支払うものではなく、濱田らもその代金を支払う意思も能力もなかったのに、原告の代理人である猪井に対し、あたかも被告会社が本件商品を買い受けその代金を支払うもののように装って、本件商品を注文し、その旨誤信した猪井から、本件商品を、中島の指示により別表記載のとおり昭和五六年一〇月一三日から同月一七日までの間数回にわたり中津商店に引き渡させて騙取し、原告に対し、代金相当額である金八六一万八五〇〇円の損害を被らせたものである。

(二) 濱田は、前記のとおり被告会社の物資部繊維課係長であったものであり、濱田らの本件商品を騙取した行為は、客観的外形的にみれば被告会社の事業の執行につき行われたものというべきであるから、被告は濱田の使用者として、民法七一五条一項により、原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

よって原告は被告に対し、不法行為(使用者責任)による損害賠償として金八六一万八五〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五六年一二月一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実中、濱田が原告主張の地位にあったことは認めるが、その余の事実は不知。

(二) 同(二)の事実及び主張は争う。

3  被告の抗弁

(一) 濱田のした行為は、被告会社の注文書用紙をジャルジョイ東京の訴外村越忠春(以下「村越」という。)に手交し、村越が右用紙に内容を記載して注文書を作成したことにつきるものであるところ、もともと注文書用紙は、これに被告会社のゴム印及び社判を押捺し、担当者、課長、次長が決裁印欄等に押捺の上使用して、注文書を請書とともに発行することとなっており、したがって注文書用紙自体を厳重な管理下におく必要はなかった。したがって、注文書用紙を濱田が村越に手交したこと自体について使用者たる被告会社の監督責任を問うことはできないし、被告会社は被用者たる濱田の選任及びその事業の監督につき相当の注意をしたものであるから、民法七一五条一項ただし書によりその責任を免れるものというべきである。

(二) 本件取引は、被告会社の被用者である濱田の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方である原告代理人猪井がそのことを知っていたものであり、仮にそうでないとしても、重大な過失によりこれを知らなかったものであるから、原告は民法七一五条一項により濱田の使用者たる被告に対しその取引行為に基づく損害賠償を請求することができないものというべきである(最判昭和四四年一一月二一日民集二三巻一一号二〇九七頁)。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実及び主張は争う。

(二) 同(二)の事実及び主張は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求について

1  原、被告間の売買契約

(一)  原告は、原告の代理人である猪井が昭和五六年一〇月一三日から同月一七日までの間に、被告の代理人である濱田との間で、本件商品を売り渡す旨の契約を締結し、《証拠省略》中には、右主張に副う部分が存し、《証拠省略》にも右主張に副う記載がある。

しかしながら、《証拠省略》や後記(二)の事実に照らし、にわかに措信しがたい。

また、甲第一号証(注文書)作成までの経緯について検討するに、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、ジャルジョイ東京と被告会社の取引は、昭和五五年七月ころはじまったが、被告会社は与信枠(被告会社が、現金ではなく約束手形等で代金の支払を受けて商品を売却する場合に、ある買主に売り渡すことのできる最高限度額を社内において定める枠)を金三〇〇〇万円と定めたが、同年九月ころの第一回取引において取引額がこれを越える金五〇〇〇万円に達し、他に訴外緑屋商事に関連した損害賠償債権もあり、これを含めて昭和五六年九月ころには、被告会社のジャルジョイ東京に対する債権は金一億二〇〇〇万円程度になっていたこと、被告会社では、ジャルジョイ東京に対するこれらの債権の回収をすべく努力したが、容易に回収できなかったこと、濱田は、昭和五六年六月ころ、当時資金繰りが悪化し、倒産の危機にひんしていたジャルジョイ東京の代表取締役である中島から、ジャルジョイ東京が他から商品を仕入れてこれを現金化して資金を作るため、被告会社の注文書用紙に濱田個人の印を押捺したものでよいから交付するなどしてあたかもジャルジョイ東京ではなく被告会社が仕入れるような形を作って協力するよう求められ、被告会社には無断で、中島の求めに応じ協力していたこと、本件取引が行われたころ、ジムリーガンの猪井からジャルジョイ東京の社員である村越に対し「発注書を書いてもらってくれ」との要請があり、これを受けた村越から協力を要請された濱田は、村越に対し、被告会社の注文書用紙綴りを被告会社から持ち出して交付し、村越がそのうちの一枚である甲第一号証の用紙に必要事項を記入したうえ、「ロッテ物産繊維課」と記載し、濱田がこれの決裁印欄に同人の個人印を押捺したこと、しかし、濱田は、本件商品の売買については、原告会社とはもちろん、猪井とも交渉したこともないこと、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》そうすると、甲第一号証によっては、原告(代理人猪井)と被告(代理人濱田)との間に本件商品の売買がなされたとの事実を証し得るものではない。

次に甲第二号証の一ないし四について考えるのに、《証拠省略》によれば、甲第二号証の一ないし四の納品控は、納品書、請求書、受領書と四枚一組の複写式になっており、猪井は、原告から本件商品の交付を受けたころ、右の各納品書、請求書、受領書を被告会社に交付すべきものとして原告から交付を受けたが、これをジャルジョイ東京の中島に交付したにすぎないというのであり、《証拠省略》よれば、これらの納品書等が、中島から被告会社や濱田に交付されたことはないことが認められ、したがって、甲第二号証の一ないし四は、原告(代表人猪井)と被告(代理人濱田)との間に本件商品の売買が行われたとの事実を証するに十分なものではない。

また甲第二〇号証の作成経緯及びその意味内容に関する証人村越忠春の証言は、証人佐藤精の証言に照らし措信しがたく、右佐藤精の証言によれば、右甲第二〇号証は、ジャルジョイ東京の代表取締役の中島が作成し、昭和五六年一一月下旬以降に被告会社に持参し、同号証中のロッテ物産(株)と記載のある欄の商品はジャルジョイ東京が記載の取引先から買い入れたものであるが、ジャルジョイ東京の資金繰りの関係上、右の欄記載の金額を被告会社においてジャルジョイ東京に代って立替払いしてほしい旨懇願したが、被告会社においてこれを断わったことが認められるので、甲第二〇号証によっては、原告主張事実を証することはできない。

そして他に原告主張事実を認めるに足る証拠はない。

(二)  かえって、《証拠省略》によれば、原告から本件商品の売却を委任された猪井は、原告からは被告会社に売却する旨述べて見本を受領し、これをジャルジョイ東京の中島のところへ持参し、注文書(甲第一号証)をジャルジョイ東京の村越から受領し、甲第二号証の一ないし四の各納品控と複写になっている各納品書、請求書、受領書を原告から受領してジャルジョイ東京に交付し、本件商品を原告から受領したうえ、そのうち別表(6)の商品を除いたものを中島の指示に従って中津商店へ納品し(なお右の別表(6)の商品は納品もれであるという。)、その際ジムリーガンの納品書及び受領書等を別に作成してそのうちの受領書に中津商店の受領印を押捺したものを回収したというのであって、本件商品の売買についての交渉や納品書等の授受はすべて猪井とジャルジョイ東京との間で行われていることが窺われ、他方証人濱田敏嗣の証言によれば、右濱田は、甲第二号証の一ないし四の納品書控と複写になった納品書請求書等は昭和五六年一〇月当時その交付を受けたことはもとより見たこともなく、被告会社において濱田の不正行為が発覚した後である同年一一月中旬ないし下旬ころ、原告会社から濱田宛に本件商品の代金請求書が送付されてきたことがあるが、濱田自身は甲第一号証の作成に関与したほかは本件商品の売買については全く関与していないことが認められる。

のみならず、《証拠省略》によれば、これらはその記載からジャルジョイ東京と中津商店に宛てた納品書であることが窺われるが、これらに記載の商品の商品名、数量、単価、金額は、本件商品のうち別表(1)ないし(5)のそれらと同一であることが明らかであるところ、右各納品書には、いずれも摘要欄に「ジャルジョイ東京貸出分」なる記載があるほか《証拠省略》には、「下記のとおり貸出申し上げます」との記載があり、これらの記載に《証拠省略》を総合すると、これらの商品はジムリーガンがジャルジョイ東京に担保目的等で貸し出すこととし、右商品の現実の納品は、ジャルジョイ東京の指示により中津商店に対してしたものであることが窺い得るのである。また前掲村越証言及びこれにより成立を認め得る乙第三号証によれば、右乙第三号証の一覧表は、濱田、中島らの詐欺事件等の捜査中に、村越忠春が検察官からの求めにより、ジャルジョイ東京にあったジムリーガンからの納品書及びジャルジョイ東京の中津商店への納品書控に基づいて作成したものであることが認められるところ、右一覧表は、ジャルジョイ東京がジムリーガンから買い入れて中津商店へ販売した商品の表であることが明らかであり、本件商品のうち別表(1)ないし(5)及び(7)の各商品については右乙第三号証の仕入欄に商品名、単価、数量、金額の同一のものの記載があり、そのうち、別表(4)(5)の商品を除いては、買い入れ日の前後に中津商店へ廉価で売却された旨の記載がある。更に《証拠省略》によれば、ジャルジョイ東京の仕入帳簿には、本件商品のうち別表(6)を除くものが原告からの仕入商品として記載があり、右帳簿は、ジャルジョイ東京の女性事務員が納品書等の伝票に基づいて記載したというのである。そして、これらの伝票、一覧表及び帳簿の相互には、その記載内容について矛盾するのではないかと思われる点も存するけれども、少なくとも、これらの記載中に、本件商品について、原告から被告が買い受けたことを窺い得るような記載はなく、むしろジャルジョイ東京が原告から買い受けたか、ジャルジョイ東京がジムリーガンから借り受け又は買い受けたものとする記載があるにすぎないのである。

そして以上の点を総合すれば、本件商品について原告(代理人猪井)と被告(代理人濱田)との間に売買契約の締結がなかったことが窺われるのである。

2  濱田の代理権

本件商品の売買契約締結について被告会社から濱田に代理権が授与されていたとの事実は、これを認めるに足りる証拠がない。かえって《証拠省略》を総合すれば、濱田は、昭和五四年九月に被告会社に入社し、昭和五六年六月ころからは、物資部繊維課洋装担当の係長であって(濱田が右の地位にあったことは、争いがない)洋装及び毛皮等の海外からの輸入、国内での仕入れ、販売等を担当していたこと、被告会社においては、商品の取引契約を締結する際には、営業の担当者が所定の取引申請書に仕入先及び販売先や取引き条件など必要事項を記入し、順次次長、部長、副社長、社長の決裁を経て右申請が承認された場合に限り取引をすることができ、担当者に右決裁を得ずに契約をする権限は与えられていなかったこと、したがって、濱田も取引についての勧誘、条件の交渉という事実行為を行い得るにすぎず、契約締結の権限は与えられていなかたこと、また被告会社における注文書の発行については、前記取引申請が承認された後、被告会社所定の注文書用紙に取引条件を記載したうえ、担当者が押印したものにつき、課長、次長がその内容を確認し、それぞれ決裁欄に押印した後、これが管理部に回付され、管理部が取引申請書に基づきチェックしたうえ、被告会社の社名のゴム印及び社判を押捺して完成され、営業担当者等を通じ、複写になっている注文請書とともに取引先に交付されることとなっており、濱田のような担当者には注文書発行の権限は与えられていないこと、本件商品の取引について、右のような取引申請の承認手続が行われたことはなく、また注文書(甲第一号証)の作成について、右のような手続がとられたこともなく、注文書(甲第一号証)は、前記のとおり村越らによって被告会社には無断で作成されたものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  したがって、原告の主位的請求は、原告(代理人猪井)と被告(代理人)濱田との間の本件商品の売買契約の締結も、被告会社の濱田に対する代理権の授与も認められないので、理由がないことが明らかである。

二  予備的請求について

1  原告の使用者責任の主張は、被告会社の被用者である濱田がジャルジョイ東京の倒産を防止し、ひいては被告会社の同社に対する債権の回収をはかるために、同社の中島らと共謀のうえ、被告会社が本件商品を買い受け、その代金を支払うものではなく、濱田らもその代金を支払う意思も能力もなかったのに、原告の代理人である猪井に対し、あたかも被告会社が本件商品を買い受けその代金を支払うもののように装って、本件商品を注文し、その旨誤信した猪井から、本件商品を、中島の指示により数回にわたり中津商店に引き渡させて騙取し、原告に対し、代金相当額である金八六一万八五〇〇円の損害を被らせたものであるが、濱田らの右行為は、客観的外形的にみれば被告会社の事業の執行につき行われたものであるから、被告は、濱田の使用者として責任を負うべきであるというものである。

2  ところで、前記一1認定のような注文書(甲第一号証)作成等により濱田が本件取引に関与した行為が、その外形からみて使用者たる被告の事業の範囲内に属するとみられるか否かは暫く措き、仮にこれが肯定されるとしても、被告は、原告の代理人である猪井において、濱田の本件取引に関与した行為が被告会社の被用者である同人の職務権限内において適法になされたものでないことを知っていたか、そうでないとしても重過失によりこれを知らなかった旨主張するので、まずこの点を検討する。

(一)  《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。すなわち、猪井の経営するジムリーガンは昭和五六年六月二九日天竺綿Tシャツ一二〇〇枚を代金三八四万円で被告に売却したが、右取引は被告会社においては、濱田から、仕入先ジムリーガン、売先訴外東洋紡不動産株式会社として取引申請がなされてその取引が承認され、同年七月二九日には被告は被告振出の右金額を額面とする約束手形をジムリーガンに交付したが、その後濱田の不正行為発覚後、右売買の対象となった商品は右東洋紡不動産株式会社に納品されておらず、ジャルジョイ東京に納品されていたことが判明したため、被告は前記約束手形の支払を拒絶したこと、右の取引は被告会社の社内手続としては、全く正常な取引として手続が行われたものであり、したがって右取引においてはジムリーガンに対してはゴム印及び社判を押捺した被告会社の正規の注文書(甲第一号証と同一の印刷用紙を使用したもの)が交付されているものと推認されること、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(二)  証人猪井吉平は、右取引後も、本件取引までに数回にわたり、ジムリーガンは被告会社に対し、商品を代金は毎月二〇日締切翌月末日に一二〇日先の期日を満期とする手形によって支払うとの約で、売り渡し、その商品を被告会社はジャルジョイ東京に売り渡す旨の取引をしており、右のような取引の場合には、猪井は、濱田から、あらかじめ、商品の注文は、被告会社に代ってジャルジョイ東京の中島から受けるように指示されていたので、中島から注文を受けたものもあり、被告会社の注文書をもって受けたものもあり、納品についても濱田から中島の指示に従って納品するよう指示があり、これに従ってジャルジョイ東京の販売先などに直接納品していた旨の供述をし、甲第五、第六号証には、右供述に副う記載がある。

しかしながら《証拠省略》によれば、右各取引は被告会社の承認した取引でないのみならず、濱田自身も右各取引に関与したことはないことが認められ(《証拠判断省略》)、他方《証拠省略》によれば、猪井は、被告の支払能力は十分あると確信しており、これに対しジャルジョイ東京の経営状態は悪いと認識していたのにかかわらず、ジムリーガンの代表者として、右各取引の代金の一部である金一、二〇〇万円ないし金一三〇〇万円についてジャルジョイ東京から代金の支払を受けており、また、右取引から生ずる代金債務の一部の支払のため、ジャルジョイ東京から手形の交付を受けていること(もっとも、《証拠省略》によると右手形の交付は、被告の代金債務の支払を担保するための保証手形であるという。)が認められ、これらの事実と前記猪井の供述する取引の態様等によれば、猪井は、右各取引が被告会社の承認した取引ではないことを知っていたことが窺われる。

(三)  《証拠省略》によれば、(二)記載の各取引のうち、最初に弁済期の到来する八月二〇日締切九月末日払の分について、ジムリーガンは被告から右代金支払のための手形の交付も受けられなかったことが認められるが、本件全証拠によるも、猪井がその理由等について被告会社の濱田以外の者に確認した形跡は認められない。

(四)  《証拠省略》を総合すれば、ジャルジョイ東京、ジムリーガンは、ともに昭和五六年夏ころから経営状態が悪く、互いに融通手形を交換し合うなどして資金繰りに協力しており、中島と猪井は親しくしていたものであるが、昭和五六年九月二四日ころ、中島から濱田に対し、同月二五日期日のジムリーガンの手形の決済資金が不足したためにこれを救済するよう強い要請があり、濱田の協力で、猪井は前同日訴外日進衣料株式会社に売却すべく被告会社が仕入れ、被告会社名義で訴外江川運送株式会社に寄託中であった毛皮コート四〇c/sを、右江川運送の倉庫から「日進衣料株式会社の猪井」と称して引き出し、これを第三者に担保提供して手形決済資金を作ったことが認められるが、被告会社の係長にすぎない濱田に右毛皮を江川運送の倉庫から引き出しあるいは引き出しを許可する等の権限があるとは容易に考えられず、また被告会社がジムリーガンに対し右毛皮を担保に入れるために貸し出さねばならぬような事情はないから、猪井は、濱田が権限なく右毛皮の貸し出しに協力しているにすぎないことを知っていたものと推認される。証人猪井吉平は、右毛皮は訴外株式会社サンクローズの所有であると思っており、被告会社の所有であることは知らなかった旨並びに右毛皮を引き出す際に日進衣料株式会社の猪井と称したのは、濱田の指示に従ったにすぎない旨の供述をするが、右猪井の証言によれば、猪井は、右毛皮を右江川運送の倉庫から引き出す際に受取書に受領のサインをしていることが認められ、右受取書の記載をみれば、宛先が日進衣料株式会社で扱店が被告会社となっていることは明らかであって、猪井はサインをした際に右の記載を見ているものと推認されるので、前記猪井の証言はたやすく措信しがたく、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

(五)  前記認定のとおり、猪井は、本件商品の取引についても、見本を中島に渡し、中島から注文を受け、原告から交付を受けた納品書等も中島に交付しているし、甲第一号証の注文書もジャルジョイ東京の村越から交付を受けており、またジムリーガンが本件商品(別表(6)(7)を除く)の納品書としてジャルジョイ東京に交付した書面の宛名は、ジャルジョイ東京及び中津商店となっており、またこれらの納品書にはいずれもジャルジョイ東京貸出分なる記載がある。

(六)  前記一1認定のとおり、猪井からの要求により作成された前掲甲第一号証の注文書をみるに、被告会社の社判や社名のゴム印も押捺されておらず、決裁印欄にも後記濱田の印以外には決裁印も押捺されておらず、単に「ロッテ物産繊維課」と手書きされ、その下の決裁印欄の一つに「浜田」なる印が押捺されているにすぎず、品名欄をみても、「綿タートルその他」とあり数量と合計金額があるのみで、具体的な商品名の詳細も単価も記載はなく、また右数量は六五二三枚、合計金額も金八七〇万四五〇円と記載があって、本件商品の数量、金額とも異なり、更に宛名が「中条商店」と記載され原告の社名である「中錠商店」とは異なり、日付は、本件商品の大部分が納品されたよりも後の昭和五六年一〇月一五日となっているなど、右注文書は一見するだけで正規の注文書であるか否かにつき多くの疑問の生ずるものであるのにかかわらず、本件全証拠によるも、猪井が、被告会社のしかるべき地位の者にはたして正規の注文書に基づく取引きであるか否かの確認を求めた形跡がないのみならず、被告会社に対して前記記載の誤っている部分の訂正を求めるとか、被告会社の社判の押捺を求めるなどの行為をしたことも認められない。

以上の(一)ないし(六)の各事実を総合すれば、原告の代理人である猪井は、本件取引当時、本件取引が被告会社の承認した取引ではなく、また右取引に注文書(甲第一号証)作成等により関与した濱田の行為が、同人の職務権限内において適法に行われたものでないことを知っていたものと推認でき、仮にそうでないとしても、重過失によりこれを知らなかったものと認められる。

3  そこで使用者責任の成否について検討するに、被用者の取引行為がその外形からみて使用者の事業の範囲に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつその相手方が右の事情を知り、又は重大な過失によりこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法七一五条により使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができない(最判昭和四二年一一月二日民集二三巻一一号二二七八頁)ものであり、右の知情等は、相手方がその取引行為を代理人によってした場合にはその代理人についてみるべきであると解されるところ、本件においては、上記一12認定の事実によれば、本件取引について注文書(甲第一号証)作成等により関与した濱田の行為が同人の職務権限内において適法に行われたものではないことは明らかであり、かつ前記二2認定のとおり原告の代理人である猪井において、濱田のした右行為が同人の職務権限内において適法に行われたものでないことを知っているか、重過失によりこれを知らなかったものであるから、原告は被告に対し、その余の点を検討するまでもなく、使用者責任に基づく損害賠償を請求することはできないものというべきである。

4  そうすると、原告の予備的請求も、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  よって原告の被告に対する本件主位的請求、予備的請求は、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡崎彰夫)

<以下省略>

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